【初めての一歩】ロストバージンサポートを通して知った“自分を大切にする勇気”

第1章　“遅れている私”という焦り

　大学を卒業して社会人になってから、私の中で小さな焦りが芽生えはじめた。
　周りの友人たちは恋人ができ、結婚の話をする人も出てきて、休日の話題も「彼と旅行に行った」とか「同棲を考えてる」といったものが多くなっていった。
　そんな中で、私は誰とも深く付き合ったことがなかった。恋愛をしたことはあっても、どこかで距離を取ってしまう。
　好きなのに、手を繋がれただけで心臓がドクンと跳ねて、体が固まってしまう。そんな自分を、ずっと「臆病な人間」だと思っていた。

　最初は、焦りというより「どうして私はこんなに怖いんだろう」という疑問だった。
　けれど二十代後半に差しかかった頃から、それは「恥ずかしいこと」のように感じるようになってしまった。
　周りが当たり前に経験していることを、私はまだ経験していない。
　“処女”という言葉が、いつの間にか“遅れている”とか“欠けている”という意味に聞こえてきて、私は自分の中の何かを責めるようになった。

　恋愛の話題を避け、飲み会でも笑ってごまかす。
　「私はまだだから」と言うことすら怖かった。
　いつしか、自分の性や体について話すこと自体が、タブーのように感じられるようになった。

　そんなある日、SNSで「ロストバージンサポート」という言葉を見かけた。
　最初は、正直に言えば、怪しい響きにしか思えなかった。
　“サポート”？　そんなことを他人に頼むものなの？　と、眉をひそめた。
　けれど、気になって調べずにはいられなかった。

第2章　“ロストバージンサポート”という言葉の意味

　検索バーにその言葉を打ち込んで、私は画面を見つめた。
　“ロストバージンサポートとは――”
　そこには、思っていたような怪しい響きではなく、「初めての性体験を安心して迎えるための心理的・身体的サポート」という説明が書かれていた。

　いくつかの記事を読み進めるうちに、私は気づいた。
　これは単なる性的なサービスではなく、“自分を知るためのサポート”でもあるらしい。
　過去のトラウマや恐怖心、性教育の欠如など、背景にはいろいろな理由がある。
　そうした不安を抱える人に対して、丁寧にカウンセリングを行い、安心して初めての一歩を踏み出せるように手助けする――そう書かれていた。

　私は、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。
　“こんなふうに考えてくれる人がいるんだ”と思った。
　誰もが自然にできることだと思っていた。けれど、私にとっては「自然」ではなかった。
　“怖い”という気持ちを否定せず、寄り添ってくれる存在がいる。
　それを知っただけで、少し涙が出そうになった。

　画面をスクロールしながら、体験者の声を読んだ。
　「焦らず、自分のペースで進めた」「相手が信頼できる人でよかった」「安心して泣けた」――
　それらの言葉には、私の中にある“痛み”と似た匂いがあった。
　誰にも言えなかった気持ちを、誰かが代弁してくれているようだった。

　けれど同時に、私は迷った。
　本当にそんなことを、知らない人に頼んでいいのだろうか。
　人としての信頼、心のつながり――そんなものは、簡単に作れるはずがない。
　けれど、“信頼できる関係”があれば、もしかしたら私は少し変われるかもしれない。
　そんな希望と不安が、胸の中でせめぎ合っていた。

　数日間、私はそのサイトを何度も開いては閉じた。
　プロフィール写真や利用者の感想を読みながら、心が落ち着かない。
　「もし本当にお願いするなら、ちゃんと話を聞いてくれる人がいい」
　「怖くないように、安心できるように、私のペースを尊重してくれる人がいい」
　そんな条件を、頭の中で何度も反芻した。

　結局、最初に行動に移すまでには、1週間ほどかかった。
　けれど、その1週間は私にとって大切な時間だった。
　“自分はどうしたいのか”を考えるための時間。
　そして、“誰かに助けを求める勇気”を持つための時間だった。

第3章　最初のメッセージと、心の扉が開く瞬間

　「送信」ボタンを押すまでに、何度も文章を書き直した。
　“初めてで怖い気持ちがあります”“焦っているわけではなく、安心して向き合いたいです”
　たった数行のメッセージに、私の何年分もの葛藤が詰まっていた。
　深呼吸をして、クリック。
　送信が完了した瞬間、胸の奥にある何かがほどけるような気がした。

　数時間後、丁寧な返信が届いた。
　文面は柔らかく、決して軽い言葉ではなかった。
　「勇気を出してご連絡くださってありがとうございます。
　　焦らず、少しずつお話ししていきましょうね。」

　その一文を読んだだけで、涙がこぼれた。
　“受け入れられた”と感じたのは、いつぶりだっただろう。
　誰かに「大丈夫だよ」と言われたことが、こんなに心を軽くするなんて思わなかった。

　そこから、何度かやりとりを重ねた。
　カウンセリングという形で、まずはオンラインで話をすることになった。
　私は、自分でも驚くほどたくさんのことを話した。
　“初めてが怖い”という気持ちの裏に、いくつもの小さな傷があったことに気づかされた。

　中学生の頃、性的な話題が冗談のように扱われるのが苦手だった。
　「まだ？」と聞かれて、笑ってごまかしたこと。
　恋人ができても、相手に合わせられない自分を責めたこと。
　「普通じゃないのかもしれない」という不安。

　カウンセラーの人は、私の話を一度も遮らずに聞いてくれた。
　「あなたが悪いわけではありません」
　「誰にでも、それぞれのタイミングがあります」
　その言葉を聞くたびに、胸の奥の重りが少しずつ軽くなっていった。

　そして、彼女はこう言った。
　「もし“経験すること”そのものに興味があるなら、それを“目標”ではなく“過程”として考えてみませんか？」
　“過程”――その言葉が、心に残った。
　今までは「遅れている」「早くしなきゃ」としか思えなかった。
　でも、“過程”として捉えると、少しだけ前向きな気持ちになれた。

　その日、パソコンを閉じたあと、私は鏡の前に立った。
　今まで避けていた自分の姿を、じっと見つめた。
　不器用で、臆病で、でも確かに“生きている私”。
　この体を、少しずつ好きになっていけたら――そう思った。

第4章　信頼というものを初めて知った日

　2回目のカウンセリングは、対面だった。
　カフェのような落ち着いた雰囲気の相談室に入った瞬間、心臓がドクンと鳴った。
　けれど、出迎えてくれた担当の方は、思っていたよりずっと穏やかだった。
　「来てくださってありがとうございます。今日は、ゆっくりお話ししましょうね。」
　その声の柔らかさに、少し肩の力が抜けた。

　私は、自分の中でずっと抱えていたことを、また一つずつ話した。
　人と距離を取ってしまうこと。
　恋愛に踏み出せなかった理由。
　“怖い”と感じるときの体の反応。
　それらを、誰かにきちんと伝えたのは初めてだった。

　彼女は、ただ頷きながら聞いてくれた。
　ときどき、「そのとき、どんな気持ちでしたか？」と優しく尋ねる。
　私は言葉を探しながら、少しずつ心の奥にある感情を掘り起こしていった。
　すると、不思議なことに、語るたびに“恐怖”の形が少しずつ変わっていった。

　“誰かに理解してもらえない”という孤独が、
　“誰かと共有できる”という安心に変わっていく。
　それは、私にとって初めての体験だった。

　「あなたが話してくれたことは、とても大切なことですよ。
　　ちゃんと“自分を理解したい”と思っている証拠です。」

　その言葉に、涙が止まらなかった。
　私はずっと、何かが欠けていると思っていた。
　けれど、“欠けている”のではなく、“これから知っていく途中”だったのだ。

　その日、カウンセリングが終わって外に出ると、冬の風が頬に冷たかった。
　でも、心の中は少しだけ温かかった。
　空を見上げると、夕暮れのオレンジが街を包んでいた。
　“私も、少しずつ変われるかもしれない”――
　そんな予感が、胸の奥で静かに灯っていた。

第5章　安心できるということの意味

　その後も、カウンセリングは何度か続いた。
　毎回、私は少しずつ心を開き、自分の感情に正直になっていった。

　以前の私なら、“怖い”や“不安”という感情を抑え込み、見ないふりをしていた。
　けれど、ここではその感情を否定されることはなかった。
　「それでいいんですよ」「その気持ちは自然なものです」
　その言葉を何度も聞くうちに、私は自分の心を受け入れられるようになった。

　安心できるということは、ただ怖くないということだけではない。
　誰かがそばにいることで、自分を守ってくれるわけでもない。
　それ以上に、自分自身を信じられるようになること。
　“自分のペースを尊重してもいい”と許可を出せること。
　それが、本当の意味での安心なのだと学んだ。

　ある日、カウンセラーからこんな言葉をもらった。
　「あなたが安心して進めることが、すべての始まりです。
　　焦らず、ゆっくりで構いません。」

　その言葉を聞いたとき、心の中で大きな荷物が下ろされるような感覚があった。
　“自分は急がなくていいんだ”
　“自分のリズムで、前に進んでいいんだ”
　初めて、そう思えた瞬間だった。

　安心できる相手の存在は、私にとって心の支えとなった。
　でも同時に、自分自身の心と向き合うことも大切だと感じた。
　“誰かに頼る”と“自分で受け止める”は、決して矛盾しないのだ。
　むしろ、その両方が揃ってはじめて、自分を守り、成長できるのだと実感した。

　この頃には、以前のように「遅れている」と焦ることも少なくなっていた。
　時間や順序は人それぞれで、自分に合ったペースで進めばいい。
　そして、自分を大切にすることを最優先に考えることが、何よりも重要なのだと知った。

第6章　体験を終えて、心に残ったもの

　体験を終えた日の夜、私は一人でベッドに横たわり、天井を見つめていた。
　胸の奥には、温かさと静かな達成感が同居していた。
　怖さや不安に押し潰されそうだった自分が、確かに一歩を踏み出せたのだ。

　振り返れば、最初に相談のメッセージを送ったとき、私は震えていた。
　“できるのだろうか”“怖い気持ちは消えるのだろうか”
　その不安は、今でも完全には消えていない。
　けれど、以前の私とは違って、それを抱えながらも進める力がついたことを感じる。

　何よりも印象的だったのは、“安心できる関係”の大切さだった。
　誰かがただそこにいてくれるだけで、怖い気持ちも整理されていく。
　それは、単なる慰めや励ましではなく、互いの信頼の中で育まれるものだった。

　そして、自分自身の心を尊重することの大切さも痛感した。
　“無理に進める必要はない”
　“自分のペースでいい”
　そう言い聞かせながら体験を終えたことで、初めて“自分を大切にする感覚”を実感した。

　その夜、日記にこう書いた。
　――今日は、怖さを乗り越えた日。焦らず、自分のリズムで歩くことの大切さを知った。
　――これからも、誰かに頼りながら、自分自身を信じて進んでいきたい。

　心の中の荷物は完全に消えたわけではない。
　けれど、軽くなった荷物を抱えて歩くことは、以前よりもずっと楽になった。
　“私は自分を守れるし、大切にできる”
　この自信が、私の中に静かに芽生えたのだ。

第7章　未来への一歩と、自分を大切にする勇気

　体験を終えた今、私は以前よりも自分の心に正直になれるようになった。
　不安や怖さを完全に消すことはできない。
　けれど、それを抱えたままでも進めること、自分のペースを大切にできること――
　それが、何よりも大きな成長だった。

　今回の体験で学んだのは、「安心できる関係」と「自分を受け入れること」の大切さだ。
　誰かに寄り添ってもらうことは、弱さを見せることではない。
　むしろ、自分の心を信じ、尊重するための強さになる。

　そして、何より自分自身の気持ちを大切にすることが、未来への第一歩となる。
　焦らず、比べず、他人のペースに振り回されずに、自分のリズムで進む。
　それだけで、心は少しずつ自由になれるのだと知った。

　思い返せば、最初にメッセージを送ったあの日。
　あの小さな勇気が、私の人生の新しいページを開いたのだ。
　恐怖を抱えながらも、助けを求める勇気を出せたこと。
　そして、信頼できる人と出会い、心を預けられたこと。
　そのすべてが、私を少しずつ前に進ませてくれた。

　これからも、私は自分を大切にしながら生きていく。
　怖さを感じたときは立ち止まってもいい。
　迷ったときは、誰かに相談してもいい。
　そして、何より自分を信じて、一歩ずつ歩いていく。

　心の中に芽生えた“自分を大切にする勇気”は、これからも私を支えてくれるだろう。
　あの日の一歩が、私に教えてくれたのは、焦らず、自分のペースで進むことの尊さ。
　そして、安心できる関係を持つことで、人はどれだけ強くなれるのかということだった。

　これからも私は、この経験を胸に、少しずつ、自分らしく生きていく。
　そして、自分を大切にすることの意味を忘れずに、未来の一歩を踏み出し続ける――
　そんな希望を抱きながら、私は静かに目を閉じた。