正直に言うと、そのDMを初めて受け取った瞬間、僕は何かの冗談かと思った。
いつも通りSNSの通知を流し見していた夜、見慣れないアカウントから届いたメッセージ。そこには短い一文で、「ぶっかけてほしい」とだけ書かれていた。
文面はあまりにも唐突で、しかも表現がストレートすぎた。
最初はスパムか、もしくは何かの悪ふざけだろうと思った。だけど、プロフィールを見てみると、ごく普通のアカウントで、投稿内容も日常的なものばかり。冗談でやっているようには見えなかった。
僕はしばらくスマホを握ったまま動けなかった。
人は時々、予想もしない瞬間に、自分の価値観や常識を試されるような出来事に出会う。その夜が、まさにそうだった。
■ 1. DMを開いた瞬間の衝撃
「ぶっかけてほしい」という言葉の裏に、どんな意味が隠れているのか。
単なる性的な好奇心なのか、挑発なのか、あるいは誰かに本気で何かを求めているのか。僕はすぐに返事をすることができなかった。
頭の中で、いくつもの可能性が交錯した。
そのまま無視することもできた。でも、どこかで「この人はなぜ僕に？」という好奇心が芽生えていたのも事実だ。
SNSという場所は、匿名性が高く、現実とは違う顔を持てる世界だ。
だからこそ、時に大胆な言葉や行動をする人がいる。だけど、その裏にはきっと何かの理由がある。僕は、それを確かめたくなった。
■ 2. やり取りのはじまり
「どういう意味ですか？」
僕は慎重にそう返した。挑発的にならないよう、できるだけ中立的な言葉を選んだ。
すると、すぐに返事が来た。
「本気でお願いしてるんです。誰にも言えないけど、興味があって…。」
その一文には、どこか切実な響きがあった。
まるで、心の奥底でずっと抱えていた秘密を打ち明けたような、そんな気配がした。
僕は、軽く冗談を交わすような気持ちでは返せなかった。
一方で、知らない誰かの願いに応える責任も感じた。だから、僕は話を急がず、まず相手の気持ちを聞くことにした。
「どうして僕に？」
「たぶん、あなたが優しそうだったから。」
その返事を読んだ瞬間、胸の奥に何かが刺さった。
SNSの世界では、見た目や言葉遣い、投稿の雰囲気から勝手に“人となり”を想像される。僕はその“優しそう”という印象のせいで、見知らぬ誰かの欲望を受け止める役を託されたのかもしれない。
■ 3. DMの向こう側にある「孤独」
やり取りを重ねていくうちに、相手がどんな人なのか少しずつ見えてきた。
仕事で疲れていること、人間関係に悩んでいること、自分に自信がないこと。
彼女（と名乗っていた）は、「誰かに見てほしい」「誰かに受け止めてほしい」という感情を言葉の裏に滲ませていた。
それは決して性的な欲求だけではなく、もっと深い寂しさや承認欲求のようなものだった。
SNSは便利だけど、人の孤独を隠すこともできる。
写真や投稿で「楽しそう」に見せることは簡単だ。でも、その裏には誰にも言えない空洞がある場合もある。
彼女のDMは、その空洞の叫びのようにも感じられた。
■ 4. 迷いと葛藤
会うことになるまで、僕は何度も自問自答した。
「本当にこの依頼を受けていいのか？」
「相手にとって、これが救いになるのか、それとも傷になるのか？」
行為そのものよりも、“誰かの願いをどう受け止めるか”の方が難しかった。
僕自身、SNSで誰かに何かを求められる経験などほとんどなかったし、相手を知らないままに行動することに怖さも感じていた。
けれど、やり取りを重ねるうちに、僕の中で少しずつ「この人を理解したい」という気持ちが強くなっていった。
■ 5. 会うことになった日
約束の日は、思ったよりもあっさりと決まった。
彼女の方から「今日なら会える」と連絡が来たのだ。
僕は驚きながらも、内心の緊張を隠せなかった。
駅で待ち合わせをしたとき、彼女は控えめな笑顔を見せた。
予想していたよりも普通の人で、清楚な印象さえあった。
「本当に、この人があのメッセージを送ってきたのか？」
そんな疑問が頭をよぎったが、すぐにそれを消した。
彼女は落ち着いていて、むしろ僕の方が緊張していた。
お互いに「はじめまして」と言った瞬間、ネットの文字だけだった関係が、一気に“現実”になった。
■ 6. 行為の前に交わした言葉
僕たちはすぐに行動に移すことはしなかった。
カフェで話をしながら、改めて「なぜ僕なのか」「何を求めているのか」を確かめた。
彼女はゆっくりと言葉を選びながらこう言った。
「誰かにちゃんと見てほしかった。自分のことを、変に引かずに。」
その言葉で、僕はようやく理解した。
彼女が求めていたのは、性的な行為そのものではなく、“拒否されない経験”だったのだ。
誰かに受け入れてもらうことで、少しでも自分を肯定したかったのだと思う。
■ 7. 終わったあとに残ったもの
その日、僕たちは約束を果たした。
ただ、その詳細をここに書く必要はない。重要なのは、「やったかどうか」ではなく、「どう感じたか」だ。
終わったあと、彼女は静かに「ありがとう」と言った。
その一言には、安堵と哀しさが混ざっていた。
彼女にとってこの行為は、何かを“癒す儀式”のようなものだったのかもしれない。
僕はその言葉を聞きながら、自分の中にも複雑な感情が渦巻いているのを感じた。
達成感でも後悔でもなく、“重み”のようなものだった。
■ 8. SNSがつなぐもの、壊すもの
家に帰る途中、僕はずっとスマホを見つめていた。
メッセージの履歴を何度も読み返すうちに、ネットという場所の不思議さを改めて思い知らされた。
SNSは、人と人をつなぐ強力なツールだ。
でも、同時に人を孤独にすることもある。
どれだけ親密なやり取りをしても、画面の向こうの相手が本当に何を感じているのかは、最後までわからない。
今回の出来事を通して、僕は「軽い気持ちで関わることの怖さ」を痛感した。
ほんの一言のDMが、誰かの人生に深く関わることもある。
それを意識しなければ、優しさのつもりが、無責任な行動に変わってしまう。
■ 9. その後
それから数日後、彼女から再びDMが届いた。
「ありがとう。あの日から少し、自分を許せるようになった気がします。」
その言葉を読んで、胸が少しだけ軽くなった。
けれど同時に、僕は二度と同じような関わり方はしないだろうと思った。
たとえ相手のためだったとしても、僕自身にも“守るべき境界”があることを学んだからだ。
ネット上での出会いは、時にドラマチックで、時に危険だ。
画面越しの人間関係は、いつも“想像”の上に成り立っている。
その想像を越えて現実に踏み込むとき、そこには必ず責任が生まれる。
■ 10. 僕が学んだこと
今回の出来事で、僕はひとつのことを強く感じた。
「欲望や好奇心の裏には、必ず“誰かの心の叫び”がある」
SNSで届くメッセージの一つひとつにも、言葉にできない想いが詰まっている。
それを無視することも、軽く扱うこともできる。
だけど、もし相手の心を少しでも想像できたなら、ネットの世界も少しだけ優しくなるかもしれない。
そしてもう一つ。
“相手を救おう”と思う前に、“自分を守る”ことも同じくらい大切だということ。
あの日以来、僕はSNSでのやり取りにひと呼吸おくようになった。
メッセージの裏側にある“人の心”を感じ取ること。
それが、この体験を通して得た、僕なりの教訓だ。
結びに
SNSは、誰でも繋がれる自由な場所だ。
でもその自由の裏には、見えないリスクと責任が隠れている。
もしあなたが似たようなDMを受け取ったら、すぐに応じる前に一度だけ考えてほしい。
「このメッセージの裏には、どんな想いがあるのか？」と。
その想像力こそが、現代のSNS時代を生き抜くための“最も大切なセンス”だと、僕は思っている。
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